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ハンドルネーム
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かよぷうさん
1976年生 |
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お住まいの県
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長野県
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疾患名
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両股臼蓋形成不全による
両側形成不全性股関節症 |
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AAO手術右股関節
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2009年5月28日予定
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DATA UP
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2009.05.20
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My favorite things
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スノボ
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最終更新日
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2009.05.26
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(前のページからの続きです)
【今後の方針 その3 RAO手術に向けて (2008年 夏〜冬)】
私の片脚スクワットができるほど白筋・速筋でパンパンな太ももは、理学療法士さんにも羨ましがられるほどです。乙女心には嬉しくないですが…引き締まった遅筋の身体が欲しいですが…。さて、31歳の時の左膝内症での松葉杖生活の一ヶ月間で、過重もかけず動かしていなかった私の左脚は筋肉が落ち、そのパンパンな太ももは一回りも二回りも細くなっていました。そのため、右脚が左脚の分も荷重を一身に背負っていましたので、この頃から右股関節の痛みが増してしまったようです。リハビリで左脚の筋力は元に戻りましたが、今思えば、負担のかかった右股関節への代償は大きいものでした。2008年5月。膝のリハビリでは理学療法士に筋力不足を指摘され、整形外科でも筋力不足を指摘され…私は、両臼蓋形成不全と診断され運動を控えてしまう以前までの筋力まで今一度戻し、体重を減らすことを誓います。
2008年夏。股関節とは全く関係ない某サイトで日常生活の話題で話していましたが、私は徐々に自分の痛みやいずれ来る手術の恐怖などを誰かに聞いてほしくて、掲示板に随分と自分語りを投稿してしまっておりました。そんな中、臼蓋形成不全でRAOをしたという女性が話しかけてくれ、エールを送ってくれました。今まで身近に、そしてネット上でも股関節に関しての知り合いがいなかった私は心底嬉しくて、安心して、涙が出そうでした。ようやくわかってくれる人がいた。そして彼女はRAOを乗り越えた。心が温かく包まれたような気がしました。
32歳。あれほど挙げたかった結婚式もできないまま昨年の秋に入籍・転居した私。人生どうなるかわかりません。私は今年33歳になります。妊娠出産のことを考えて、兼ねてより考えていたRAOを受けたいと思うようになりました。2008年11月。行った病院は、転居先に近いB病院です。家族も同席せず、私ひとりだけで診察を受けに行き、すんなりと手術の話が決まりました。一番早くて1月が空いている。私自身が状況をよく飲み込めないまま、手術予定日、検査の日程などの話がどんどんと進められていきました。ソーシャルワーカーへの医療費相談の斡旋や、入院中に情緒不安定になった場合の相談斡旋…月経不順治療用ピルの服用中止の為の紹介状など手続きしてくれ、何もかも全てお任せと言う感じでした。「オペで何が起こるかわからないのだから、受けるのは挙式してからのがいいんじゃない?」そう看護士に言われましたが、当時色々あって挙式を諦めていた私には関係のないことでした。しかし診察でRAOの様々なリスクの説明を受けて心配になった私は、考えすぎて心臓バクバク、なかなか手術を決定できませんでした。決心してからも、誰かに話を聞いて欲しくてたまりませんでした。
「覚書」RAO術前検査項目:血液・尿検査、胸部X線写真、心電図、肺活量、背骨・股関節・膝(ラックマンテスト)のX線検査、
MRI、CT、RI(骨シンチグラフィー…検査が終わってから看護士さんに「これ高いのよ…大丈夫?」と訊かれた恐ろしい検査)、循環器科、精神科、婦人科、各科受診。
言われるまま検査をこなし、RAOは大手術であるという認識もないまま、ただ漠然と不安と怖さ、戸惑いを感じながら、手術準備が進んでいった気がします。しかし、自己血を採るのは手術日を決めてから。その手術日は、家族と相談中でした。そしてこの病院の初診から一ヶ月弱、私は、偶然AAOと出会うのです。


2008年11月26日 RAOを予約していたB病院でCT撮影
