変形性股関節症 臼蓋内転骨切り術AAO HOMEへ ブログへ サイトマップヘ MAILtoCE3
「かよぷうさん1」
皆さまはじめまして、両股臼蓋形成不全のかよぷうです(^^)
ハンドルネーム
かよぷうさん
1976年生
お住まいの県
長野県
疾患名
 両股臼蓋形成不全による
両側形成不全性股関節症
AAO手術右股関節
2009年5月28日予定
DATA UP
2009.05.20
My favorite things
スノボ
最終更新日
2009.05.20



【小学校 中学年まで】 
かよぷう、1976年に誕生です。乳児検診では特に問題もなく、そのまますくすくと(横に)成長致しました。
今では標準体型ですが、ずっと幼児時代から太り気味で、外で遊びまわるよりは本を読んだりする事が好きでした。しかし山に登ったり木に登ったり、さらに登ってはいけないところへ登って怪我をしたりと男の子と一緒に走り回っていたので、足に問題があるなどとは誰も思っていませんでした。ただ小学生の頃からよく転ぶ子供でした。自分の片足に、もう片足をひっかけて、何もないところで転んでいました。小学校中学年で、ウエストに今でも残る傷をつけた転倒時から、転ぶ原因は内股なのだと思い、直すためずっとガニ股の練習をして歩くようになりました。転びにくくはなりましたが、一緒に可憐な乙女の心もどこかに落としてきたようです。

【小学校 高学年〜 中学校まで】 
登校時など、歩いていると急に片脚に力が入らなくなり、引きずることがありました。どちらの脚だったかは憶えていません。痛みがあったかどうかも憶えていません。ただ、そうなった時は「ああ、またか…」と力の入らない片脚を、腰の力で持ち上げ移動させ、ずるずると引きずり、よいしょ、よいしょ、とゆっくりゆっくり歩いたのを憶えています。それはいつも10分から15分程度で突如治ってしまうので、原因もわかりませんでしたが、まあいいかと思っていました。子供心に親に心配をかけたくなかったのか何なのか、この足の引きずりを親に話したのは、30歳を過ぎてからです。

【中学校 高校まで】 
いつの間にか、脚の引きずりは起こらなくなっていました。原因はわからないままでしたが、特に気にもとめず、当時は非常に能天気に過ごしていたように思います。
学校の体育測定では、体力も技能検定も人並み、もしくは上の方でした。ただし、「走り幅跳び」を除いては。なぜかうまく踏み切ることができず、毎年、走り幅跳びのおかげで運動検定の総合級がAからCまで下がってしまい悔しかったのを憶えています。
中学校・高校と部活動は音楽系でしたので、運動は授業と趣味の範囲でしかしませんでした。当時から、動くとぴきぴきという引きつりに似た感覚がありましたが、当時はそれが当たり前でした。今でもそうですが、動くたびに身体中の関節がパキパキボキボキ云うのも当たり前でした。これはあまり良くないそうです。

【大学以降】 
この頃、手術も視野に入れていた右手首のガングリオンが自然治癒しますが何も関係ございません。
運動部には入っていませんでしたが、カヤックを習ってみたりパラグライダーを習ってみたり、全部長続きしませんでしたがスポーツは好きでした。今思えば、やはり踏み切るスポーツが苦手でした。テニスやバドミントンなど、あと少し早く踏み切られたら…と。実は運動音痴だからと云うのは内緒です。
日常で少し脚を動かす度に鳴る関節、動く度に股関節が引っ張られ引きつるような感覚。座っていると股関節がジュワジュワという軽い感覚。それは、子供時代から感じていた感覚であり音であり、知識があれば違和感だと認識できたでしょうが、当時それは至極当たり前の日常でした。
スキーで滑っているときに感じた、少しだけ脚が板に引っ張られる感覚。それも当たり前すぎて、他の人もみんなそうなのだと思っていました。

【痛みが顕著になりだした20代後半】 
股関節が痛み出したのは20代半ばを過ぎてからです。20代半ばまでの数年は体調を崩しまして、体重を言うのが恥ずかしいほど不本意に激しく痩せていた時期がありました。その時期は、関節にかかる荷重が減って、幸いな事に股関節に痛みはおろか違和感すらなかったように記憶しています。
その後、20代半ばから体重も筋肉も健康的に戻り、非常に快活に過ごしていました。歩幅など、一緒に歩く男性から「早い」と言われるほど大股で颯爽と歩き、急な階段も2段飛ばしで駆け上がっていました。ただ、そんな生活を続けていると、長時間歩いたときや酷使したときに、右の股関節にズキンと痛みを感じるようになりました。その痛みはだんだんズキズキと継続的に強くなってきました。
しかも痛む右股関節をかばっていると、左股関節まで軽くジクリと痛むようになって来ました。しかし、もともと違和感があるのが当たり前だった股関節です。そんな痛みを感じても、疲れたからだろう、他の人もきっと持っている痛みだろうと疑いもせず、ひたすら我慢していました。もともと痛みをひとに告げること、表現することが苦手だった私は、股関節に限らず、痛みを感じても表情に出さないように大きくなりました。そのような私が口に出して言わないものですから、周囲の人々も、私の痛みには気付いていなかったようです。

【病院に行くきっかけはあったものの・・・】
27歳頃通っていたカイロプラクティクス初回の問診にて。おじいちゃん先生に「子供の頃、よく脚が抜けたようで、脚を引きずっていた」と告げると、「がはは、それは麻痺だよ、脚のしびれだよ!」と一笑に付されました。そうか、脚のしびれだったのか、今まで病院の問診票で「しびれ」にチェックを入れなかった、これからは入れなきゃなぁと納得して、病院へは行かず。
28歳頃、リフレッシュのために行った整体にて。ここで姿勢の悪さについて指摘されました。「きゅっと上がったお尻はかっこいいんだけど、お尻がね、反りすぎているの」背筋を伸ばすことが良い姿勢だと気をつけてきた私には寝耳に水でした。お尻が出ているのは、お尻に脂肪が付きすぎているからだと思っていたのです。身体の歪みを注意されても、ここでは全く意味すら飲み込めませんでした。
そして、上記カイロの時と同じく子供時代の脚の引きずりを告げてみると、おばさまは「…それは一度、整形外科でしっかり診てもらったほうがいいかもねえ」と仰いましたが、そうよねえ、行ったほうがいいよねえと納得しても、やはり病院へは行かず仕舞いでした。
私の場合は痛みに大きな波があり、当時も各日によって、痛みの程度が違いました。歩行後、スポーツ後などにギャギャ…ギュリギュリと激しい痛みを感じる日もあれば、ジワジワ・ジュワジュワとした軽い痛みを日常的に感じるだけの日が大半でした。そのため、使いすぎたからだろうと思うだけで、そんなに大事になっているとは認識していなかったからです。
そのため、この後、整形外科には首の鞭打ちなどで通っていましたが、肝心の股関節のレントゲンを撮ってもらうのは随分先となりました。




2008年4月1日撮影 (経過観察のため、定期的に撮影)

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