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ハンドルネーム
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ジューンさん
1963年生 |
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お住まい
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札幌
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疾患名
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両臼蓋形成不全による
両変形性股関節症 |
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左右股関節両側同時AAO手術
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2011年予定
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DATA UP
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2010.07.12
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最終更新日
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2010.07.12
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みなさん はじめまして。札幌在住のジューンです。1963年生まれ女性です。5月に股関節形成不全がわかり、あれよあれよと東海中央病院にお世話になることになり、8月24日に手術予定です。あ、両足です。
自分自身、このサイトと出会って考えることができましたので、原稿をできる限りは、送りたいと思っています。同じくみんな考え、悩むと思うのです。そういう方々の役にたてればいいなぁとおもっています。
股関節のために腰もやられていて、7月13日月曜日から、札幌の病院で腰の手術のために入院しますので、原稿をかけるかどうか。。。。です。。。
札幌では、(股関節の骨切り手術は)片足3か月入院リハビリ3か月と聞いてくらくらしました。まずは、手術予定者としてのせていただきたいです。今後ともよろしくお願いします。
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両脚とも形成不全とわかったのは、2010年5月です。
ずっと股関節違和感があったけれど、特にこの10年は感じてたけれど、
病院にいったのは、これが初めてでした。
そこでいわれたのは、「腰」が悲鳴をあげている。でした。
腰から脚に痛みがくるといわれつつ、「股関節の先生紹介するから。」といわれ、病名が判明しました。
50年近くこの股関節で生きてきたので、びっくりです。
でも、脚が悪いのは知ってたという感覚です。
まず、幼児期太ももに風邪の注射をするというのがあり、
若干の筋委縮があります。両足です。
中学のころ、これでマヒの人もいて障害に値するらしいとわかりましたが、
そのままでした。さて、この筋委縮でいつも脚が痛かったのです。
今となれば、股関節が痛かったのかよくわかりません。
そんなこんなで、いつも脚が痛く、体育は苦手ではした。
中学になるとばりばりバスケット人間になってましたが、マラソン系は学校行事でも不参加でした。北海道なのでスケート、スキーもやってました。
脚いたいのは、筋委縮とおもってました。でも、母親が昔の子供はみんな脱臼になりやすいので、そうならないように育てたとか言っていた気がします。
高校、大学、就職とあまり気にせず生きていましたが、とにかくバスケも含めよく、足首を捻挫しました。折れたかはずれたかと思うほどのですが、もともとやっぱり病院に行かないので、そのままほっておきました。
就職して保健の先生に「それ、じん帯のびてるはず。普通は、ギブス。」と
いわれたのをよく覚えています。なぜかというと、
その頃、左股関節の違和感が始まったからです。そして、テレビなどで人工股関節の
話やら股関節の軟骨がすれて痛みが。。。。などをみかけるようになっていました。
亡き母と「もしかして、この病気だったりして。。。」と言い合ってました。
が、危機感はなく、重いものを持ったりはこんだり、遠足や長く歩いたり、
スキーをしたりすると違和感やズーンと思い感じ、筋委縮の時のような筋肉痛みたいな痛み
などが起きていました。運動会の先生リレーで一番外周を走った時、「パキッ」といった気がします。
左股関節がこの時からとにかく変な感じでした。
就職15年くらいから、プラス、腰の下というか、お尻の臀部がズーンと重い、だるいがセットになってやってくるようになりました。パソコン仕事や座っての仕事の時同じ姿勢で固まったという感覚でした。そして、股関節も違和感があったり、ひざ裏が痛かったです。
時には、足首も。そして、2年に一度くらい足首の捻挫があったりしてました。
でも、スキーは11月から5月まで毎週末出かけていました。
そして、今までにない感覚がはじめて襲ってきました。
スキー靴の中で足が冷え切っていてしびれた感じです。年とったかスキー靴あわなかったかな
と思ってましたが、腰からくるしびれ系だったようです。
そして、3年前、母を自宅介護しました。半年くらい。この時、腰がパリッと張る感じがよくあるようになりました。臀部の重さやだるさとひざ裏の痛みがすごくありました。
股関節は痛くなることは、ほとんどなかったのです。股関節はパキッていいそうとか
筋肉がひきつる感じとか違和感のみでした。
介護が終わってしまい腰のつらさはどんどんなくなっていましたし、その頃から、整体とかリラクゼーションとかにいくようになっていて楽になってました。
母がいなくなったので揉んでくれる人がなくこういうところに通うようになってました。
腰の先生に「最悪」いわれました。腰にとってはよくなかったことです。
この時に、跳び箱とかオルガンとか重いものを持った時、すごく走った時、遠足のあとなどだるさ重さが襲ってくる感じでした。ピアノを1時間やったら、バリバリ固まった感じで、また、台所仕事で腰から下がズーンと重い症状でした。
去年の年末から、右の股関節が変だ。と感じていました。でも、もう、いつものことという感覚でした。でも、左でなく、右なのが気にかかっていました。
今年、201年五月、北海道は畑と運動会シーズンです。教材園の畑をおこしたあと右の股関節の痛みがあって違和感があって。。。うーん。めずらしく、1週間変な感じが続いたので病院にいきました。
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右の股関節が痛い。はずれるような感覚とちょっと嫌な感覚が続く。
このままだと、運動会の練習がきつい。。。おどりを教えるし、走るし、重いものを運ぶし。
でも、ライン引きのラインカー押すのもカックンカックンいってるしな。
今日のグランド整備は絶対できないと、「病院いきます。」と早退したのでした。
家からすぐの病院へ行くと、足が痛いといってるのに、レントゲンとる前から、
「それは、腰です。」といわれ、レントゲン。腰いっぱいに股関節は1枚くらいかな。
腰の第4腰椎が私が見てもわかります。カクンとずれています。ううっ。
「第4腰椎変形すべり症」です。と。「これは、腰痛かったねぇ。」と。
「ちょっと前屈できるとこまでして。」といわれ、べったりできるのです。。。。
体やわらかいというか、日々こういう体操しているし。
「いやいやいや、無理にやらなくていいよぉ。もどしていいよ。いいよ。いたいねぇ。腰。」
「いや、足なんです。。。。」
「あー、神経さわるから、足ね。右左関係ないんだよね。痛みどめの薬と。。。注射と。。いろいろい ろいろいろ。。で、MRIとるから。予約していってね。そうそう、ベルトつくるから。うーん、ち ょっとこれ、股関節大変だから、紹介状書くから、いってごらん。」
「はあ。。。。」
「あのね、このかぶりが悪いの。両脚ね。右はちょっとすり減っているかも。。。」
「ええーーーーーーっ。」これって、昔テレビで見た人工股関節になるかもってことかな。
と、腰の固定するベルトの採寸をすぐして、MRIの予約ですが、運動会の代休しかない。。。。
薬でシップも出て、親切に腰の貼り方の説明。「あの。。。腰痛くなくても腰に貼るのですか。」
「腰って先生からいわれたけど。じゃ、股関節にも貼ってみてくださーい。」
MRIまで時間が空いているし、とにかく放課後に仕事できないので紹介状もらった股関節の先生の
ところへ行き、ついでに骨密度も測ってもらって。と。お気楽でした。骨密度の数値はばっちり。
とや、ばっちりすぎるほどですが。。股関節のレントゲンをみたとたん先生の顔変わりました。
と、レントゲン追加されました。足を広げてとりますが、30度開いては結構きつい。
なのに、最大まだがんばって開いてくださいといわれてしまった。
「うーん、よく対応できてるなあ。。。歩いてみて。。。うーん、大丈夫そうだ。筋力でもってる。」
「だけど、これは、手術。ここの骨をこう切ってこうやって。。。。」
????へっ??????なにごと。。。
母が亡くなって父の面倒見てて甥っ子育てていて働いているアラフィーの私は入院無理なんです。
こ、困った。入院日数は片足3か月、リハビリ3か月。そして、もう一本。
無理な旨伝えると
「自分の骨で治せるうちが一番。人工股関節でもいいのかい。自分の人生だよ。」と
いわれ、人工股関節でいいやっというほど、家を空けられないのです。
すごく複雑な家庭環境でして。。。。
「右足がここ半年で痛くなっているのをみると、急性的かもしれない。
もう、手術の最後のチャンスかもしれない。」
かなりどーんと落ち込みました。そして、AAOを知りますが、北海道から岐阜は遠い。
腰のMRIで股関節の手術を見送った話をしていたら、変形すべりだけでなく、
その下の第五のところは、ヘルニアでした。
「これ、手術だわ。いつ、マヒするかしびれるかわかんないんだよ。
家近いから外出で帰っていいし、抜糸は外来でいいよ。」
と、入院期間最短1週間くらいでだしてくれるとのことで、腰だけは、治そうと思いました。
でもなあ。と。札幌はいっぱい病院あるし、違う病院もいってみようと足をはこびましたが、
みなさんこの股関節の先生の同系列つながりでして。なんとも。。。
岐阜にメールがでてるな。うーん。と考えた。
以上が岐阜に行くまでです。
